やっぱりドラゴンだよな、とワタルさんはおっしゃるわけです。毎度毎度。わたしと会うたびに。そう、おっしゃるわけで。 はじめは彼の話に真面目に耳を傾け、相槌を打っていたわたしも、耳だこができてからというものの、それを簡単にあしらう技術を身につけた。 というか、比較的彼は人の話を聞いていないので、てきとうに聞き流していても気にしない。 今日も今日とて、彼は暇だからとか何だとか理由をつけてわたしに会いに来る。本来の目的なんて分かりきっている。 単にドラゴンについて語りたいのだ、彼は。彼と親しいほとんどの人が相手をしてくれないせいで、わたしにその役が回ってきている。荷が重いですはい。
「ドラゴン、ラブ!オレはドラゴンを愛してる!」
「さいですか」
「もそうだろ?カイリューかわいいもんな」
「ああ……うん……」
これだけは言っておく、わたしだってべつにドラゴンが嫌いなわけじゃない。 手持ちには美しいハクリューが入っているし(そのせいで彼に目を付けられてしまったわけだが)ギャラドスだって、あのいかつい顔がたまんなくかわいいとか、思うわけだ。 ただ日常的にそれを口に出してうっとりするほど彼らに心酔しているわけではないし、わたしはドラゴンにかぎらず様々なタイプのポケモンが好きなのだ。オールドラゴンはちょっと願い下げである。 そしてワタルさんのこのドラゴン溺愛っぷりは、なかなか異常である、正直に言ってしまえば。挑戦者に出会い頭にドラゴン好き好きコールをするのは、威厳云々の問題として、やめてほしい。 そんなわたしの心中など知りもしないし図ろうともしない彼は、瞳を輝かせながらぐっと身を乗り出す。
「オレはいつかカイリューに乗って色んな地方を旅したいと思ってる」
「じゃあチャンピオン降りて旅すればいいじゃないですか」
「オレを倒すほどの実力者が来るまで、オレは降りん!」
「ああ、さいですか」
レッドさんに任されましたもんね、とこれは言葉にせず、わたしはハクリューの入ったモンスターボールをころころ指先で転がす。 勝手にコーヒーを入れなおしていたワタルさんは、目ざとくそれを見つけ、こら!とわたしに怒る。どうやら他人のポケモンだとしても、ドラゴンを転がされるのは気に食わないらしい。 ほんとうに面倒くさい人だ。レッドさん戻ってきて、もう一度この人倒してください。わたしからハクリューを取り上げたワタルさんは、モンスターボールの頭をさすりながら未だ夢の続きを語っている。
「色んな地方行って、強い奴と戦って、ドラゴンの魅力について語りあって……」
「最後がちょっとおかしい気するんですけど」
「心配するな、お前も一緒だぞ」
「……は!?」
ちょ、すんませんわけわからないっす。汗をだらだらと垂れ流しながら言えば、きょとんとするワタルさん。 実年齢よりもずっと下に見える幼い表情に、一瞬心臓が速くなったのは、たぶんきっと、気のせい。
「いやだから、二人旅だよ。オレとの」
「え、とすみません、わたし行きたいなんて言いましたっけ……?」
「目が言ってた」
「眼科行け」
思わずきつい口調で切って捨ててしまったが、彼は気にした様子もなくけらけらと笑っている。 ほんと素直じゃないなあ、ってあなた、これは裏表ないわたしの本心ですよって言ってやりたかったけれども、彼の澄んだ瞳があんまりにきらきらしてまぶしいから、逆に口をつぐんでしまった。 わたしよりいくらか年上なはずのワタルさんは、ときどきふっと少年の日に帰る。 男の人はいつまでも子供のままだって話を聞いたことがあるけれども、きっと彼の、大人になって所々汚くくすんでしまった場所の裏側は、死ぬまで輝き続けるんだろう。 何もかもを諦めてしまったわたしと彼を唯一隔てる部分は、そこだ。そしてそこにこそ、わたしさえ惹きつけられる、彼の魅力が備わっている。
「いいかもしれませんね」
「ん?」
モンスターボールから出したカイリューとたわむれていたワタルさんに、ぽつりとつぶやく。
「ワタルさんと二人旅。おもしろそう」
「……」
知らず知らずのうちに微笑んでいたらしい。ちらりと視界の端の窓に映ったわたしの表情は、ここ最近で一番と言っていいほど柔らかかった。 カイリューの腹に顔をうずめながら、耳を真っ赤にしているワタルさんが意図していることを知るのは、そう遠くないだろう。






太陽に似た



(10.04.05)(ワタルのキャラが不明。赤やったかぎりはこんな性格だった、はず)