ただ少し、息苦しい。それだけだ。 ただそれだけだから、彼の存在などまったくわたしの障害などには成り得ないし、体中の血が全力で駆け巡るくらい、どうってことない。 だが鼓動はどうしてもわたしを殺したいらしい。 真夏と呼ぶには未だいくらかはやい、そんな時期にわたしは木陰に突っ立って、じっと地面を見つめている。 こめかみを汗が流れ、落ちて、昂る肌は幾度となく呼吸をくりかえす。喉が水分を欲した。からから。 「」 太い眉を下げ、まなじりをゆるませる彼のあつい手が、わたしのしめった髪をそっと撫でる。 そのぬるま湯のような心地よさがこわい。骨ばった指先がやさしすぎてこわい。 抜け出すことは容易いはずなのに、どうにも気が乗らない、中途半端で、あえて逃げ道を作られているのではないかとさえ思う。 何故同じ場所に立っているという事実だけで、こんなにも足元がおぼつかなくなるのか。 (このきもちのしょうたい?そんなもの、わかりません。わかりませんとも) 上げかけた視線に逡巡し、また下ろすと、彼の口からふ、と笑みがこぼれた。 ああ、あつい。


真夏の午後




(10.04.02)