七松センパイというとても元気があって俺も体育委員でなければぜったいに関わりたくないと思うようないけいけどんどんだった暴君のあの人も卒業してしまって、 少し静かになった委員会はそれでもいけいけどんどん精神を引き継いだまま変わらず山を上ったり下りたりして、その間に毎回みんなが迷子になるので、俺はやれやれと思って日が暮れるまで探し回るのに、 いつも最終的には俺が迷った側にされて怒られるのは、やっぱり納得がいかないなあと俺は常々思っている。 だって俺は方向音痴なんかじゃないし、物事をきちんと考えられるようになったし、力もついたし、手裏剣を当てるのだって上手くなったんだから。 年を重ねるごとにもともと高かった身長はもっと伸びて、おそらく周囲にばらときらきらを散らしてばかりいた滝夜叉丸センパイすらも越してしまっただろう。と思われる。 何故確信をもっていえないかというと、センパイもまた、この学園を卒業してしまったので、いまさら本人と比べようにも比べようがないからだ。 そうして気が付いたら俺は最高学年になって、勝手に方向音痴なセンパイという不名誉なレッテルを貼られ、しっかりした後輩に、先輩、しっかりしてくださいよといわれるようになってしまった。 だから俺はそのたびまたいらっときて、方向音痴なんかじゃないってゆうんだよ、左門じゃあるまいし。そんなに俺のこと叱って呆れて、お前らぜんいん作みたい。 そーだ、あの作だって、昔は食満センパイのことさんざん怖がってたくせに、いざセンパイが卒業するとなるとわんわん泣いてたんだぜ。 いつも眉間に皺寄せてるあいつがだぜ、おもしろいだろ。などと話して聞かせていると、どこからともなく現れた張本人が俺を殴り飛ばしたりする。後輩はぽかんとしている。 それはそうだろう、奴らは食満センパイなんて存在知らないんだから。





なので最近の俺は生傷が耐えなかった。年齢が増えるごとに難しくなっていく実技なんかでなく、気の置けない友人の鉄拳で俺はぼろぼろだった。 そんなぼろぼろの俺は、まぁ一年のころから相変わらずなのだけれど、保健室によくお世話になっていた。 善法寺センパイがいなくなっても、やっぱり保健委員はどうしようもない不運で、俺が保健室で治療を受けている間もしょっちゅう物を壊したりばらまけたりして一様に泣いている。 数馬なんかは、俺よりもずっとぼろぼろだった。綾部センパイが残していった落とし穴や、四年の笹山などが作ったカラクリにいつもひっかかっているからだ。 それでも泣き言をいわずにぎゅうと歯を食いしばって耐えていて、ああ、俺だったらとてもじゃないけど耐えらんないなぁと俺は人事のように思ってやたら感心する。よかった俺体育委員で。 体育委員は体力づくりと称して毎日マラソンしたり、鉛弾を使ったバレーをしたりするからみんなから敬遠されがちだし、校舎をよく壊すから用具委員からは目の敵にされているけど、慣れるとけっこう面白いもんな。 てゆうかこの委員会のおかげで実技はけっこう得意になったんだから、七松センパイには感謝しとこう。感謝感謝。 ……ああ、そういえば、今どこにいんのかな、あのひと。 フリーの忍者になったって聞いたけど、たまに仕事を引き受けた相手の城を破壊したとかいう噂があるけど、あのひとのことだから、きっと悪気もなくあっけらかんとして笑ってんだろうな。





そんなふうに昔のことと今を照らしあわせて考えていると、俺は少しだけかなしいなあと思うのだった。 前はああだった、こうだったとぐちゃぐちゃ考えたってしょうがないのに、俺はたまにむしょうにあのころへ帰りたくなってしまう。 嫌だと感じたことも、辛いと思ったことも、振り返ってみるとそれらはぜんぶ懐かしいなあと笑っていえることばかりで、それに気が付かなかった、もう戻ることのできない過去の自分はひどく愚かだ。 七松センパイの暴君っぷりも、滝夜叉丸センパイの自慢話も、俺は駆け足のように通り過ぎてしまって、ほんとうに断片的なものばかりがぽろぽろと手から零れていく。それだけが、あのひとたちと俺を繋ぐものだったのに。

もっとゆっくり生きてきたらよかった。

そうしたら、俺はすべてをじっくりと思い返す日があって、もっとしっかりとした断固たる気持ちであの頃はああだった、こうだった、と大人のようにいえたんだろう。 俺は十五歳となった今でもやっぱり子供で、ここを去るまでにあと一年もないというのに、今になってこうしたい、ああしたいという欲ばかりが増えていっている。 いうならば子供のうちでしかできないようなことばかりだ。ここを出て行くときにはぜんぶを諦めなくちゃいけないけれども、はたして俺はそんな、欲というにはあまりに清く、願いというにはあまりに醜い思いを、簡単に手放せるのだろうか。 普段は聞き分けのいい人間のような顔をして過ごしているけれども、ほんとは俺はけっこう嫌な奴だから、わがままだから、嫌なもんは嫌だし、嫌じゃないもんはぜったいに離したくなんかないのだ。 忍になる者としてそれはどうだろうとこの前藤内にいわれたけれども、忍だとか主に仕えるからとかそれ以前に俺はただの人間で、この世に欲のない人間なんていなくて、もし仮にいたとしても、欲のない人間なんてただの紙切れみたいなもんだと俺は思っている。 だから、昔馴染みの女が他の男と話しているのを見るとすげぇいらいらするし、我慢ならないし、その男の顔をチェックして名前もチェックして実習のときはまっさきに襲ってやろうとかなんとかしょっちゅう考えている。 忍者の三禁だなんて知るか。 俺はその女が好きで、なんでかって聞かれるとうまくいえないけどすげー好きで、本人にはいってないけど、 ともかくこれはやきもちとかしっととかいうものだってことはよく知ってるから、 あーこれはせんせーにばれたら説教くらうだろうなーと分かっていても、子供の俺にそんな聞き分けのいいことはできません。 だって俺が強くなろうって思ったのは弱いあいつをまもってやりたいと思ったのがはじめだったんだから、簡潔にいってしまえばあいつのおかげでこの現在の俺が存在しているわけだ。 これもあいつは知らないけど。





今日もは俺の後についてきて、三ちゃん、と呼んでくる。 けれどもいつもみたいに弾んでふわふわしてどっか飛んでっちゃいそうな声じゃなくて、掠れててかなしそうででもそれを我慢するようなちいさな声だった。 俺はそんなのに気付かないふりをして、毎日鍛錬しているはずなのに異様に細い手首を掴んで、ずんずん先を歩いていった。 名前で呼んでほしいと何度もいったのに、の俺を呼ぶリズムは六年生となってもやっぱり変わらなかった。俺たちの関係もやっぱり変わらなかった。 目線を合わせるために膝を曲げなくちゃいけなくなったのと、体格の違いというのを除けば、俺たちは何も変わらなかった。 ただはむかしよりずっと可愛くなって、俺はむかしよりずっと捻くれた。 の俺への接し方は変わらなくて、俺のへ対する気持ちは変わった。まとめると、それだけだ。
「ごめんね、三ちゃん」
「なんで謝んの」
「助けてくれて、ありがと」
左手に少し力をこめるとそれだけで、いたいよ、とかぼそい声が呟く。
「……どうして」
「、」
「どうして、喧嘩売ったんだよ」
俺がいなかったら、お前さんざん殴られて蹴られて犯されてたかもしんないぞ。ぼそりというと、震えが手を伝ってきた。 少しひどいことをいってしまったかもしれない、と瞬間的に俺は後悔して、同時に、でもお前もいけないんだ、なんだってあんな奴らに向かってったんだよという理不尽かもしれない怒りもふつふつとわいた。 この学園の生徒はみんなよいこばかりだけど、それでも例外な者もいて、その数少ない例外の者にどうにかされてしまうよいこもいて、はその未遂だった。 しかしいくら未遂だからってに手を出した奴はどんな人間だろうと死刑必須であるからして、俺は普段ぐだぐだなくせに、今回は怒りのあまり実力以上のものをふんだんに発揮してしまったせいか、ほんとうに全員殺してしまいそうになった。 けれども少し満足した、というのも、あまり自覚はなかったけれども、俺は一年のころより十分強くなっていて、まもりたいと思った相手もまもることができるようになっていた、というのが分かったから、これは数少ない収穫のうちの一つだろう。
「三ちゃんのこと、」
長い沈黙のあと、が言葉を零した。
「三ちゃんのこと、弱くて、ぜんぜんだめな奴、って、ゆってたから」
鼻をすする音が聞こえた。俺は思わず立ち止まって、くるりと振り向いた。 目を真っ赤にさせたは、俺を見上げるとすぐに俯いてまた鼻をすすった。
「三ちゃんはほんとはすごい強いのに。あんな人たちに負けるはずないもん、三ちゃんは力の使い方を知ってるんだもん」
「」
「だって、三ちゃんは優しいから、本気出せないんだよね。わたし、分かってるんだから」
ぽろぽろと雫が落ちて、地面を濡らしていった。離したの手首は、俺が強く握りすぎたせいで赤い痕がくっきりついていた。 俺はなんにも言えないで、ただぼんやりと、しゃがみこんでしまったを見下ろして、途方にくれていた。 利き腕は、先程のほぼ一方的な乱闘のせいで赤黒い血がこびりついている。着物だって、生暖かい液体で汚れてしまっていた。 は間違っている。 だってほんとうに優しい人間なら、好きなこをこんな手荒に扱わないし、いくらその好きなこを汚されそうになったからといって憎い相手を半殺しの目には合わせないだろう。 私情を実技に持ち込ませないし、ひとの話はきちんと聞くし、友達の苦労も分かち合って、そのときそのときを胸に刻みつけて生きていくだろう。 俺はまもるということを力でねじ伏せることと勘違いして、優越にひたって、満足していた。
「お前、ばかだろ」
ようやく絞り出した声は、臆病だった。 はただただ首を横に振って、静かに嗚咽を漏らし、泣いていた。
「三ちゃんは優しいよ。むかしからずっと、優しいんだよ」
俺はまた金縛りにあったみたいに動けなくなって、苦しげに息をするの背中をさすることすらできずに、じっと立っていた。 ここ数年緩んだことのなかった涙腺が、ふいにほどけた。





俺はやっぱり未だ子供で、大人になれなくて、それでもあともう少し、どれくらいか経ったら無理にでも大人にさせられて、戦場を生きていかなくちゃならない。 欲という欲をすべて捨てて、時折この学園での生活を懐かしがって、好きなこをまもりきれなくたってしょせん俺はこんなもんだったんだ、なんて諦めなくちゃならない。 でもさ、、お前だけは俺の傍にいてほしいんだよ。ずっと隣で俺を見ていて、たまに俺が道を外れたり選択を間違ったりしたら、今日みたいに行くべき先を指し示してくれよ。 七松センパイとか滝夜叉丸センパイの良さにようやく気付いた俺を見捨てないで、幾ら友情に疎くたって、お前なら笑ってゆるしてくれるだろ。

少しだけ時間をくれたら、そうしたら、鈍い俺でも分かるはずだから。

「三ちゃん、泣かないで」
「泣いてねぇよ。お前が泣いてんじゃん」
膝を折ると、目を腫らしたままはゆるりと微笑んだ。
「泣き虫だったね」
「昔のはなしだろ」
引き寄せたの体を腕の中におさめると、びっくりするくらい細くて、おんなのこは成長すると逆に小さくなるのかと変な気分になった。 戸惑いがちに背中に回った手だって、俺なんかより一回りも二回りも小さいはず、なのに、それでもお前は、気付かないところでずっと、俺をまもってくれていたんだなあ。









あしたもあさっても傍にいて




(09.01.24)(三之助のキャラがつかめない。別人であるうえ年齢操作でしたサーセン)