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ただでさえいらっと感を生み出す赤アフロが、今日はまたこのうえなくうざい。
本気でむしってやりたい。むしっと な!
というわたしのささやかなる欲望が通じたか否か、オーバというわたしの幼馴染兼食事係はふりふりエプロンをひらめかせながら、びくりと肩をすくませた。
「……さん?」
「なんですかオーバかやろう」
「また不機嫌だなーデンジか?」
むしっと な!
「ぎぃやあああ!」
はげるはげちゃう!と涙目で大騒ぎするオーバを尻目に、手元に残ったふわふわのアフロの断片をゴミ箱に散らしておく。
気分はまさに最悪、の一言に尽きるわけで、アフロひきちぎったところでまったく晴れはしないし、むしろ不快感で胃がむかむかする。
そんなわたしに、触らぬ神に……をそのまま実行に移すオーバがいるわけだけれど、たしかに今のオーバの発言に胸が跳ね上がったのは間違いでない。
こう見えてオーバは案外空気を読む男だ。勘も良い。
まあ、あのニートに関することで言えば、わたしたちの関係をよく知っている人たちから言わせれば、まるわかりなんだそうだけれど。
「オーバおなかすいた」
「だから今作ってやってんだろ。待ってろよ」
「……でんじのばか」
「おまえらほんと懲りないよなァ…」
フライパンをがちゃがちゃ動かしながら、オーバは呆れたようにつぶやいた。
だがしかし、ここで懲りてないのはわたしではなくデンジだ。むしろわたしは被害者なわけで、うん、……。
「あんの浮気野郎!!」
「箸折るなよ」
手の中でまっぷたつにへし折れたそれらをまたゴミ箱につっこんで、あの、きれいな女の人と浜辺を歩いていた金髪男を思い返してみる。
呆然と突っ立っているわたしに視線をやって、挑むような顔で笑ってみせた、あの表情も、きっとわたしのみにくい嫉妬心だとか、あいつへの恋慕だとか、そういうすべてを見通しているんだと思うと、やはりこの感情もいいように操られている気がしてならない。
ともかくもこれで三度目、なわけで、ここまでくるともう、単に落ち込んでなどいられない。なんとしてもあの男にぎゃふんといわせてやらなければ気がすまない。
やられたならやりかえす、古代からつたわる復讐法でいくしかないわけで、だとしたらただそのへんにうろつくチンピラと浮気したところでその反撃はあまり強くはないわけで、そしてもっとも奴にダメージを与えられる相手としたら、目の前で忙しそうに昼飯用の炒飯を盛り付けているこいつしかいないわけで。
「ねえオーバ?」
わたしは先程までの態度を一気に改め、猫なで声でオーバにすりよった。
「おねえさんといいことしない?」
「いやお断りですマジかんべん」
わたしの突拍子ない提案に顔色一つ変えずに言葉を返すあたり、こう来ることを予測していたのだろうか。
だけれどもここで諦めない面倒かつ粘着質な女というのがわたしなわけであり、オーバの意見なんていうのはあれだ、紙屑みたいなもんだ。
おもむろに立ち上がり、オーバの肩に両手をのせぐっと身を乗り出すと、今度こそ彼の頬が引きつった。
「お、おちつきたまえくん。過つな!」
「いやわたしは十分に落ち着いている。なんていうかもう、怖いくらい。かつてないわこんな冷静なの」
「そういうのを混乱してるっていうんだよバカ」
片手チョップを食らったくらいでわたしはへこたれぬ。体格的に押し倒すのが無理であってもまあ、ちゅうくらいならなんとか、と必死で爪先立ちで応戦する。
一方女に襲われているオーバはマジである。マジ顔でわたしを引き剥がそうと奮闘している。
なんだかそこまで嫌がられると、女としての魅力的な面でちょっと寂しい気もするのだけど、オーバは雰囲気とか状況に流されて責任のとれぬ行動を起こすようなバカ男ではないので、この必死の抵抗は当然のことなのかもしれない。
同じ幼馴染でも大違いだ、とそこではたと気付いた。
なんだこいつオーバこのやろう、今更すぎるけどかなりの男前じゃないか、オーバこのやろう。
やばいちょっと惚れるかもしれないこの幼馴染兼食事係の男に。
などとちょっぴり頬を染めてみちゃったりしていたら、わたしの暴走の原因である男が大声でオーバの名前を呼びながら、のっそりとオーバ宅に入ってきた。
そして交戦中のわたしたちを見て呆気に取られる。今やわたしは勢いのままオーバを組み敷いていたので、傍から見たらただの痴女である。
と、実のところわたし自身もかなり混乱していたのだが、下にいるオーバが声を上げたことではっと我にかえった。
「デデデデンジ!!こいつどうにかしてくれ!!」
「……なにやってんだよ」
「あんたには関係ないでしょ。どっかいけ変態」
「いやむしろ変態はおま」
「黙れオーバ犯すぞ」
「(えええええ)」
わたしの口から飛び出た爆弾発言にオーバは押し黙る。デンジはというとはじめの台詞以来ずっと無言で、床に転がっているわたしたちを見下ろしている。
ガラス細工のような青い瞳が、あまりに無感動なので、その雰囲気に気圧されて、わたしも、何かしら汚らしい暴言でも吐いてやろうとしていた口を閉じた。
室内に嫌な沈黙が満ちる。未だ湯気をたてる、ほんのりと香る炒飯の匂いがたまらない。
「……デンジ?」
おそるおそる声をかければ、まるでそれがスイッチであったかのように、死んだ魚のような目をしていたデンジは、かっと目を見開いた。
嫌な予感満点で後ずさりするわたしの腕をひっつかみ、無理に立ち上がらせる。
「いっ、……何すんのばか!」
振り払おうにもびくともしない。ますます力の度合いが上がるばかりである。
足元に座り込んだままのオーバは、一触即発、といった感じのわたしたちを交互に見上げあたふたしている。
「お、おちつけってデンジ。元はといえばお前が……」
「オーバ」
デンジはわたしを見下ろしたまま、オーバに言い放った。
「後で覚悟していやがれ」
アフロが凍りついたのはいうまでもない。そしてこれもいうまでもないことだが、今回の件に関して、彼に落ち度は一つもない。
ただ一つあるとするなら、わたしたち大人気ない大人と幼馴染であったということ、これくらいだろうか。
哀れみに満ちた目で膝を抱えるオーバを眺めていると、傍らに立つデンジからお呼びの声が。
「おいこら」
「……」
「オーバてめぇのせいで」
「いや巻き込むなよ」
これ以上はさすがに哀れである。いちおうわたしも悪いのだし、と思い彼の青い上着の裾をつかむと、一転不機嫌な顔が目の前に現れた。
「もう一度聞くけど、なにやってた」
「オーバ襲ってた」
「バカかおまえ、んなことしたらアフロの子供が生まれてくるぞ」
「え、それはちょっと嫌かも」
「泣くぞ俺」
「うん、だからおまえ、そういうのやめろよ」
何気に会話に参加してきた件のアフロは無視の方向で。わたしは観念してデンジに向き直った。
久しぶりに見た真剣な顔の、傍迷惑なニート男は、こうしてみるとやはり格好良い。
そしてわたしは、その面倒くさがりな性格とか周りを振り回すはた迷惑なところもすべてひっくるめて、この男に惚れている。
しかし今回はそう簡単に折れはしないぞ!箸は折っても心は折らないというのが、わたしのモットーなのであるからして。
「それも嫌。なんっつーかもう、あんたにぎゃふんと言わせるまでは」
「ぎゃふん。ほら、もういいだろ。あとぎゃふんは死語だ」
「しね」
振り上げた拳も簡単に避けられ掴まれ、くそうわたしはほんとこの男に勝るところがないなと悔しくなる。
ついでに目の前もうるうるとぼやけ始めて、くそう面倒だなこのゆるい涙腺はよ!と悲しくなる。デンジに恋をしてからというものの、思考は常に後ろ向きだ。
きっとこんなに好きなのはわたしだけで、デンジだっていつもジム改造とかして相手してくれないけど、ほんとはわたしのこと好きなんだって思い込もうとしたってそんなものはわたしの勝手な願望だし、告白だってわたしからだし、デンジはそれにうん、って答えただけなので、厳密に言えばわたしとデンジは付き合っちゃいないのだ。
それを浮気だのなんだのとせっつくのは、この男はわたしのものなのよって周りに知らしめたいだけで、これってほんとたちわるい。
デンジが困った顔をしてわたしを見下ろしていたから、思わず俯いた。目の端からぼろりと涙が、いや、これは鼻水だ、鼻水がこぼれた。
濡れた目を服の裾でこすると、マスカラが滲んだ。ああこれ、酷い顔してんだろうな。デンジはきれいな人が好きだから、わたし正式にふられてしまうかもしれない。
「」
デンジの落ち着いた声が、鼓膜をふるわせた。
なお視線を逸らしていると、大きなためいきがわたしの髪を揺らした。
「浮気なんかしてんなよ、のくせに」
「……は」
思わず顔を上げると、憎たらしい顔を意地悪く歪ませて、ひでぇ顔、と鼻で笑われる。しかし今それにエルボーをかましている場合ではない。
「なに、それ」
「いやだから、おまえオレのこと好きじゃん。なんでオーバなわけ」
ひょうひょうと何をのたまっているのだろう。浮気って、いや浮気って。
「て、いうか、じゃあデンジは?デンジこそ浮気してるじゃない」
「オレは、その、あれだよ。一緒にいるだけで、べつに一線は踏み越えていない」
「なにそれなにそれ!一緒にいるだけなら浮気じゃないっていうわけ!?」
「そうだオレルールだ」
さすが全国のジムリーダー中随一のわがまま男である。こんなところにまでオレルールを適用させている。
ここにきて鼻水も乾いてしまった。
「……じゃあわたしとオーバも浮気じゃないでしょ」
「いやこのルールはオレにしか適用されない」
むちゃくちゃなことを言いながらも、細められた瞳だけは異常にやさしく、心臓が猛スピードで騒ぎ出す。
顔が火を噴き出すように熱くなった。
「というかな、おまえがオレの行動に一喜一憂してる姿がかわいいからつい」
あれだけ気張っていたわたしも、その一言で何もかもやられてしまったようである。
思いもせぬ反撃にうなだれていると、またデンジこのやろうが妙なテンションで笑い出すので、これもぜんぶこいつの計算だったんだろうな、とわたしは彼の腕の中で悟った。
「で、オーバだ」
「うん」
「いや俺まったく悪くないよねむしろ被害sy」
「レントラー、スパーク」
これも愛!
(10.03.23)(風子さんに捧げます!所々下品でさーせんした^q^オデンでギャグ…なんだろうか、これは)