耳元で浅い呼吸が聞こえる。 腹に回された手は汗でしめっていて、ともすればすぐにでもほどけてしまいそうなほどゆるく巻きついているだけなのに、わたしはその腕に触れることさえためらってしまう。 金色のやわらかな髪が頬をくすぐって、少し身をよじれば、わたしを拘束する力が強まった。 背中から伝わる熱が伝染したかのように、わたしの頬も熱くなっていく。
「」
「なん、でしょう」
切なげに紡がれる己の名前が急にいとしく感じられて、ちいさくほほえむ。
「僕をおいていかないで」
「そんなことしませんよ」
やんわりと否定すれば、彼はいやいやでもするみたいに、頭を振ってぐりぐりと肩に押し付けた。 つねに冷静で大人びた態度を示すマツバさんにしてはめずらしく、駄々っ子のような振る舞いをしてみせるのがたまらなくかわいく見えて、あたたかな思いに溢れかえった胸がつかえた。
「あいしてる」
「……はい」
心臓の音を無視して、彼にすりよると、揺れる瞳と目が合った。
「ほんとうだよ」
「はい。……わたしもあいしてます」
「ほんとうに?」
「もちろん」
わたしが今までマツバさんに嘘をついたことがありましたか?と尋ねると、マツバさんは首を何度も横に振った。 よかった、とまぶしそうに目を細める彼の過去を、わたしは知らない。それどころか、今現在縛られているものにすら触れたことがない。 はじめはどうにかして知りたいと思いつめていたけれど、無知ということ、それが逆に彼の救いになっているのだと気付いたときから、わたしは考えることをやめた。 わたしはただ彼の傍にいたい。さみしいときは寄り添うし、かなしいときは抱きしめる。 うれしいときは共に喜び、しあわせは分かち合いたい。あいしているから、だ。
「マツバさん、あいしてます」
「僕もだよ、」
ミナキさんの暗い表情を思い出しながら、わたしは長身の彼に抱きついた。 これはあいです。まごうことなき、あい。それ以外のなにものでもないし、わたしはあいする彼の腕にだかれてとてもしあわせです。






あなたの金魚




(10.04.05)(激甘めざして玉砕)