気まずくなるだろうかと思われていた久々知くんとのかんけいは、あの日以来も変わりはなかった。 用があれば朝だろうが昼だろうが久々知くんははなしかけてきたし、こちらからもはなしをすることは多かった。 はじめはいちいちざわついていたクラスも、すぐに慣れて口をはさまなくなったので、わたしとしては安心している。 やはり友人たちはうるさかったけれども。



それでも、久々知くんはほかのひととまともにしゃべろうとはしなかったし、わたしは自分だけがとくべつなんだという汚らしい優越感すらいだいていた。










「すきなの?」
「え」
受付のカウンターで、わたし用の本の貸し出しカードをさがしていた図書委員の子が、とつぜんはなしかけてきた。 おどろいているあいだに、あ、あったあったといいながら、ぎっしり表の埋まったカードをとりだす。
「ごめんおどろかせて。毎日きてるから、すきなのかなって」
「……まあまあ、ですかね」
「まあまあって…そのていどで毎日くるの?」
おかしそうにわらって、尋ねてきた彼は、おそらく同学年だろう。 おおきな瞳がほそめられると、とてもやさしい。 色素の薄い髪はふわふわとしていて、やわらかな雰囲気をまとっている。
「あらためて考えたこともなかったから」
「そっか。そういうものかな」
彼はうなずいて、厚めの本をわたしてくれた。
「僕ね、それすきなんだ。おもしろいよ。今度感想おしえてほしいな」
「あ、はい」
「……って本のはなしかよォォォ!!」
そんな叫び声とともに、何かがドアをぶち壊すいきおいでころがりこんできた。 その何かがひとであることは分かったけれども、まさにころがりこむ、といった表現が正しい。 それほどのはげしさでその人は図書室にとびこんできて、わたしたちの前にたちはだかった。 つられるようにしてその顔を見上げて、ぎょっとする。 図書委員の子が顔をしかめて、彼をいさめた。
「ちょっと三郎。図書室ではお静かに」
「いやだって、ここはつっこむところだろう!友人の告白タイムかと思ってわくわく……ひそんでたのに!」
「わくわくするなよ。ちょっと、さんがこわがってる」
さぶろう、とよばれたひとが、ようやくまともに顔を向けた。またもや呆ける。
「ふ、ふたご…?」
かすれた声がでた。わたしの目の前には、おそろしいほど同じ顔をしたふたりがいたのだ。 それは双子ですますにはあまりに似通いすぎている。 ふたりは顔を見合わせて、図書委員の子が苦笑いを、ころがりこんできた子がニヒルな笑いをうかべた。 あ、こうしてみるとぜんぜんちがう。
「まさか我々をしらないとはな!」
「双子じゃないよ。赤の他人」
「ど、ドッペル……」
「シツレイだな!」
さぶろう、とよばれていたほうが憤慨したので、あわててあやまる。 すると横からにょきっと伸びてきたこぶしが、彼の頭にふりおろされた。
「そう思っちゃうのもむりないよ。ごめんね、気にしないで」
「う、うん」
「っ……容赦ないな雷蔵よ」
後頭部をおさえたまま、さぶろうくんがうめいた。目の端に涙をうかべて、一瞬らいぞうくんにうらめしそうな視線をおくってから、なぜかわたしの顔をじっとみつめる。 本を両手でだきながら、みょうにどぎまぎして視線をそらすと、くつくつと喉の奥でたのしそうにわらう声がした。 なにがおかしいんだろう、と表情にださないようにしながらもすこしむっとしていると、またも廊下でばたばたと走る音が近づいてきた。
「やべえ本借りっぱだった!」
ばたんと音高く扉をあけたのは、このまえ知り合いになったばかりのひとで。
「もーハチも静かにしてよ」
「悪ィ!あわててたもんで。あ、三郎もいたのか……おおっ?」
片手を顔の前にたててあやまるそぶりをみせてから、彼は頭にてのひらを押し当てている彼にきづき、こちらをみた。 視線がぶつかると、にかっとまぶしい笑顔をみせる。
「じゃんかーひさしぶり!」
「う、うん。ひさしぶり」
ひさしぶりというか、彼とまともに顔をあわせたのは、出会いを入れてまだ二回目なのだが、ハチはまったく気にしていないようだった。 そういう性格なんだろう。苦手だけれども、嫌いじゃない。 にこにこと笑いながららいぞうくんに本をさしだして(期限切れだったのか、彼は渋面をつくっていた)さぶろうくんの首に腕をまわした。
「なに、なに?こいつに強請られてたとか?」
「うぜー。んなわけねーだろ」
「じゃあナンパか!でも、三郎はやめといたほうがいいぞー」
さぶろうくんの嫌そうな表情をまるで無視して、ハチは声をだしてわらった。自由人だ。 つられてほほえむと、おっと意外そうなこえが端から上がる。
「笑えるんだなこいつ」
「ったりまえだろ。人間だぞ」
「そういう意味じゃないっつーのばーか」
「ばかっつったほうがばーか」
それからは悪口の応酬だった。雰囲気からしてお互い本気ではないということは分かっていても、居心地がわるい。 どうしよう、もどろうか。でもここで去るのも愛想がわるいのでは、と考えあぐねていると、カウンター席から、こそっとらいぞうくんが声をかけてきた。
「ごめんね、さん」
「う、ううん。ぜんぜん気にしてないから」
そういうと、よかった、と相好を崩す。
「いつもこうなんだ」
「たのしそうだね」
「たのしいといえばたのしいけどね、でも……そうだ、自己紹介がまだだったね」
らいぞうくんはようやく気付いて、僕は不破雷蔵だよと名乗った。
「僕と同じ顔してる、あっちが鉢屋三郎。もう片方は……知ってるんだっけ」
うなずくと、なかよくしてねとわらいかけてくる。 ハチとおなじえがおだ。 じんわりとおなかの底をあたためて、ひとをおだやかな気持ちにさせてくれる。 初対面で勝手なイメージをおしつけるのはおかしいかもしれないけれど、きっと不破くんはやさしいひとだろうな。





(09.04.06)