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くくちくんについて、多くはしらない。
同じクラスであるというだけで、あまりしゃべったことはないし、委員会もべつべつだから、接点などほとんどない。
そもそもくくちくんというにんげんが、ひとと深くかかわりを持とうとはしなかった。
あいてが男子であれ女子であれ、ひつよう最低限のことしかくちにしないので、もしかしたら周りからは扱いにくいやつ、とも思われていたかもしれない。
だからといっていじめなどということが起きることもなく、クラスは平穏無事にゆったりと時をきざんでいた。
ひとりでとおくを眺める彼が、すこしだけ、ここと空気をたがえていたというだけ。
めだつ、というほどでもないけれど、くくちくんのあまり表情に変化のない、ととのったかおは女子からはひそかに人気があった。
わたしのある友人は、くくちくんにほんきで惚れていて、なんとまあゆうきあることに、告白というものをしたのだった。
けっかとして、あっさりと玉砕してしまい、さんざん泣く彼女をひっしでなだめた覚えがある。
わたしからすれば、ろくにしゃべったこともない相手とのつきあいを承諾することのほうがむずかしいと思う。
そんな、火に油をそそぐようなことはけっしていわなかったけれど。
「きょうみ、ないんだって」
「そっか……きっとそういうタイプなんだよ。しかたないよ」
「でもあたし、ほんとにすきだったのに」
なぜるていどのふれあいしかしていないのに、そうくちにできる友人がふしぎでしかたなかった。
それをわるいとはいわない、きっとわたしとはれんあいにおける価値観がちがいすぎるんだ。
「ほら、さあ、おとこのこなんて星の数ほどいるんだよ。くくちくんなんかよりかっこいいひと、いっぱいいるよ」
「って、なぐさめるの下手だねえ」
ぐさりとつきささることばのとげ。
けれども彼女は、涙をながしながらもわらっていた。
「ありがとう」
そのしゅんかん、たしかに、ああかわいいな、とおもった。
くくちくんはとてももったいないことをした。
こんな顔もせいかくもかわいい子が告白してくれたのに、きょうみない、のひとことであっさりとふってしまったんだから。
「ねえくくちくん」
あの子のこと、おぼえてる?と思いをはせた友人のなまえをくちにだすと、ほおづえをついたまま彼はしばらく固まり、それからこくりと首をかしげた。
「さあ、しらない。そんな子いたっけ」
怒りよりもずっと、呆れの方がまさった答えだった。
そうしてむくりともたげたのは、彼の周囲への認知度と、関心への疑問。
「じゃあ、クラスのひと、どれくらい名前と顔一致する?」
「さあ……」
こまったように眉をひそめた彼を見て、わたしまで頭をかかえてしまいたくなった。
ここまでくると、さすがにあぶない気がする。
ひとのことをとやかくいうつもりはないけれど、これほど社会性がないというのは、今後のじんせいでおそらく悪くえいきょうしていくにちがいない。
「ああ、でも」
くくちくんは、ふと気の付いたようにつやめいた黒髪をゆらして、わたしに視線をおくった。
照れも焦りもない、けろりとした表情である。
「さんのことは分かってるよ」
よろこぶべき、なのかなあ。
(09.03.20)