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「あ」
間抜けな一声を発して、わたしはその場に立ち竦んだ。
とっさにうつむくと、黒ずんだシューズが目に入る。
きのうとおなじように、窓際の後ろから三番目の席にくくちくんはすわっていて、そして、わたしを見ていた。
「ええと、……こんにち、は」
開け放された窓を通したグラウンドからひびく、部活動にはげむ生徒の声が耳にいたい。
わたしのかくばった挨拶に、くくちくんは目を数度しばたかせてから、ひとみをうっすらとのばした。
「うん、こんにちは。忘れもの?」
「……まあ」
恥ずかしくなって視線を泳がせると、空気がわずかにゆがんだ。
顔を上げると、くくちくんはうつむいて肩をちいさくふるわせていた。
わたしの見ているのに気付いて、ぎょうぎょうしく唇の端を結ぶ。
「笑ってごめん」
「べ、べつにあやまらなくっても」
「そう」
くくちくんはおだやかにほほえんだ。
心臓がいやみったらしくわたしを急きたて、わたしは釘付けにされていた足をなんとか持ち上げた。
早足でつくえに近づき、中を覗くと、置き去りにされたプリントがわたしを待っていた。
それに手をのばしながら、なにげない気持ちで声をかけた。
「くくちくん、は、いつも放課後のこってるの」
「んん?んー…まあ、それなりに。まいにちってわけでもないけど」
「ふうん」
いっしゅんそっけなかったかな、とひやりとしたけども、くくちくんは気にしていないようだった。
また赤くぬれた窓の外の景色に目をうばわれていた。
わたしはぼんやりとそのまっくろなえりあしをながめて、昇降口に友人を待たせていることをふと思い出した。
「じゃあ、わたし帰るね」
「さん」
ひとを安心させるようなひくい声がわたしを呼び止めた。
ふりかえると、くくちくんはまた大きなひとみでわたしを射た。
「あしたも忘れもの、するの」
「え、と」
「そうだったら、おれはうれしいよ」
わたしはいったいどんな顔をしていたんだろう。
くくちくんはおだやかな表情をうかべて、またあした、と手をふった。
(09.03.17)