苦しかった期末試験も終わり、あとは夏休みを待つのみ。そんな少々浮かれた空気がただよう教室で、わたしはただぼんやりと日々を過ごしていた。 何度目かの席替えによって、わたしの席は久々知くんのななめうしろに変わった。だからといって、どうというでもなく、久々知くんとの会話は日に日に減っていった。 それはどちらからともなく、わたしはなぜか一種の罪悪感にさいなまされて、ひたすらに苦しく、純粋な彼を裏切ってしまったような、そんな気持ちばかりに支配されている。 そのように考える理由が、自分でもつかめないまま。
「」
ふいにかけられた声に、肩がふるえた。かぶさる影をふりあおぐと、満面に笑みをうかべている三郎くんの姿があった。
「なに?」
「なにとはなんだ、なにとは。このはちやさぶろーさまがお声をかけてやったというのに」
不満げに口をとがらせる三郎くんは、このじめじめとした日本特有の湿気のごとくうっとうしい。 こちらもじとっとにらみつけると、なぜか嬉しそうに声をたてて笑う。こみあげた苛立ちがしょげてしまい、わたしは脱力した。三郎くんはよく分からない。 大人びた顔をして、子供のような言動でこちらを困らせたり、無邪気な顔をしては、つめたいことばを吐く。めまぐるしい変化にわたしはふりまわされてばかりいる。
「おまえ、今日は予定ないだろう」
「ない、けど」
「二人で帰ろう」
わたしは度肝を抜かれて彼の顔を見上げた。 ふたりでかえろう、そういった三郎くんの声が、あまりにやわらかく響いたからだ。 しかしじっさいの表情はすこし硬くて、頬がわずかにこわばり、口をへの字にむすんでいる。
「……いいよ」
答えてほほえむと、三郎くんはほっと息をついて、それからまたすぐにいつものいたずらっぽい表情に切り替えて、忘れんなよと念を押し自分のクラスへと帰って行った。 その後ろ姿が完全に見えなくなったのを確認してから、わたしは机の上になだれかかった。 ああいうのを、ギャップ、というんだろうか。いっしゅんでもどぎまぎしてしまった自分を叱咤した。 わたしはべつに、さぶろうくんのことがすきなんじゃない。彼の、ころころと変わるはやさについていけないだけだ。 そうやって無理に納得したところで、わたしの視線はいつもどおり、ななめまえへと向けられる。 風にもてあそばれるくせっけの強い黒髪、せまい背中、自分の世界を持つひと。かれのそんざいこそが、わたしにとってのせかいだった。




(10.06.06)