「って兵助と付き合ってんの?」
ハチが、珍しくひとりで、やけに神妙な顔をして来たと思ったら、そのようなことをいわれた。 わたしはもちろん動揺し、ぴきりと固まってしまう。いやいや、まさか。わたしがあの久々知くんと付き合ってるって? そんなの身の程知らずにも程がある。 そう説くと、ハチは腕を組んだままこくんと首をかしげた。
「そうか?お似合いだと思うけど」
「ちょ、ハチってば。眼科いったほうがいいよ」
「おいおい」
苦笑するハチは、手近にあった椅子を引いて座った。がたがたと軋んだ音がやんで、わたしたち以外だれもいない教室はまた静まる。 今日久々知くんは用事があるといって帰ってしまい、わたしはひとり寂しく日誌を書いているのだった。 そういう意味で、ハチが来てくれたのはありがたかった。 一人でいるのは平気だったはずなのに、最近はあの濃いメンバーで集っているせいか、無音がいたみに変わった。 孤独を強みとは思っていない。
「でもさ、お前らふたりでいるときあるじゃんか」
「うん、まあ……あるね」
「あれ見ると、なんかほっとするんだよな、俺」
「なにそれ」
思わずわらってしまう。しかしハチが、真面目にいってんだぞ、とほんとうに真面目な顔でいったので、漏れた笑みをあわてて拾い出した。
「なんかな、付き合ってるっていうと、俗っぽいかもな。それ以上の何かがある感じっつーか、うまくいえねぇんだけどさ」
わたしは目を落として、数行埋まったページをにらみつけた。 久々知くんにできないことでも、これぐらいわたしだってできるのだ。 そう思って、今日あったどうでもいいことを脳みそからかき集めてぶつけている。 形がくねっていて、あまり上手いとはいえない文字の集合。それでも、久々知くんはこの字がすきだとわらった。
「そんな、たいそうなものじゃないよ。きっと久々知くんがかっこいいからだ」
「うーん。そういうんじゃないんだけどさあ」
「久々知くんに似合う女の子はいっぱいいるよ」
「兵助のこと、好きか」
ぼき、とシャーペンの芯が折れた。 顔を上げると、やはり強い光を秘めた目はしっかりとわたしを見つめて、答えを待っていた。 彼のその瞳が、苦手なのだ。いったい何故、人の恋沙汰なんぞ、普段はからかいのネタぐらいにしか思っていないだろう。 だというのに、まるで一生の選択を迫るような顔をして、ハチはわたしをおいつめる。 まっすぐな視線がいたいくらいに突き刺さって、わたしはまた目を伏せた。 机に乗っている手が、ひそかにふるえていた。
「久々知くんを好きかどうかが、そんなに重要なの」
「そういうんじゃない」
「じゃあ、どうなの」
「、お前は何を怖がってるんだ」
ふいにあたたかくおおきな手が、わたしの手に触れた。 手があたたかいひとは心が冷たいだなんて、うそだな。だとしたら、きっとハチの手はこごえてしまう。
「ハチ、」
「ごめんな。でもさ、俺は、俺たちは、に頼ってもらいたいんだよ。友達だろ?一人で抱え込むなよ」
「……ど、して」
どうして、このひとは、鈍いようでいてこんなにも鋭いのだろう。 死のように暗い淵から、わたしをすくい出そうとするのだろう。 まばたきをすると、目から温かい雫が零れ落ちた。すると手の力がぐっと強まって、そのあたたかさにまたないてしまいそうになる。 思えば初めて出会ったときから、彼はこんな愚かなわたしに気付いていたのかもしれない。 だからこそ、あのまぶしい笑顔をわたしに向けたのかもしれない。
「なあ、好きになるって悪いことじゃないよ」
頬にあてられたてのひらは熱いくらいで、いっそこのまま火傷したってかまわないと、そう、思ったのだ。




(09.05.06)(あれ^q^竹谷のはなしになってるるる)