人と出会うたび、親交を深めるたびに絆、絆と口にする彼は、実のところその言葉の意味を履き違えているのではないかとは思った。 いいや、現在進行形である。肺いっぱいに吸い込んだ空気は彼の笑顔と同様の、陽のにおいがする。 背丈の違いのせいで、厚い胸に顔を押しつけられた状態のまま、は硬直していた。 およそどれほどの時が過ぎたかは不明だが、彼女にとってはまるで永遠のような時間の流れである。
「……」
「……っい、いえやすさまっ」
低くくぐもった声にようやっと緊張を解かれ、(原因がそれをするというのもおかしな話ではあるが)我に返ったはぐいと目前の胸板を押す。 だがしかし相手は男、しかも戦場を駆け巡るもののふである。押そうが叩こうがびくともせず、の息は無駄にあがった。
「あ、あああの!なんですか!何をなさっているのですか!」
「を抱きしめている」
「そういう意味じゃなく…!」
元から無きに等しい体力を消耗し、また家康の本気なのか冗談なのか、どちらにも取れる返答にも、は疲れ果てた。 家康はからからと笑い声を上げ、目元を緩ませながら彼女の頭を撫でる。 その大きな手のひらと体温にゆるゆると自分の気が崩されていくことを感じながら、こうして皆もこの男にほだされていくのだろうと彼女は思った。あながち間違ってもいない。 しかし、ここでへこたれてはだめだ!と俄然奮ったは、これしきで音を上げない。
「あのですね、家康様、私は、私が抱きしめられている、その理由を知りたいのです」
一字一句刻みこむようにこぼすと、片方の手での髪を弄っていた家康はこくりと首を傾け暫し思案し、またぱっと笑みを浮かべた。
「それはだな、!絆を深めているのだ!」
「……きずな?」
「ああ、ワシとの絆だ!」
はこめかみに手をやった。こころなしか、ずきずきと痛む気がする。 絆の意味ほんとに分かってますか絆って言えば何でも許されると思っていませんかこのたわけなどとは、仮にも君主である家康に言えるはずもない。
「――では、家康様は誰にでもこんなことをなさっているのですか?」
しかし少々の悪戯心が生じて、意地悪くは問う。これで一瞬でも言葉に詰まれば儲けもんである、という、ほんのささやかな仕返しのつもりであった。 家康はその問いに目を見開き、ぶんぶんと強く首をふった。
「そんなはずはないだろう!」
「き、きっぱり言い切りますね……それでは矛盾しますでしょう」
「忠勝は別として、ワシらの絆はそんな生易しいものではない!」
きちんと忠勝を分けておくところは彼らしいといえば彼らしいが、これで説明になっているかというと、答えは否である。 というかわけがわからない。
「あの、もう少し噛み砕いて説明してくださいませんか…」
「つまり、との絆は誰にも切れさせんということだ!」
うおおさすが権現様、話が飛躍しなすった。 は半ば茫然とした。心なしか頬がひきつって痛い……ちなみに、未だ我らが権現様の腕に抱かれたままである。 当初の、家康の腕から逃れるという目的は全く果たされていない。 むしろ、熱く絆について説き始めた彼の腕の力は強まる一方で、は羞恥心やら苦しいやらで顔が火照った。
「もうっいいかげんに離してくださいっ」
「なっ…!お前は、ワシとの絆を断つというのか!?」
驚愕の視線を向けてくる主に、ますます頭痛がひどく感ぜられたは、西軍に行きたいと切に願った。 そんな彼女の疲労を知ってか知らずか、やだやだと言わんばかりにを抱きしめたまま離そうとしない家康は、はっとなって今度は彼女の両肩に手をおいた。
「分かったぞ、!」
「え、なんですか。わたしの悲しみをですか」
「ワシとお前との絆を切らせぬ方法をだ!」
ぱあっと光り輝く笑顔が振りまかれ、はぞっと背中に寒気が走ったのを知ったが、逃れる術などなかった。 というより、爪が食い込むほどの馬鹿力にほとんど失神寸前である。 気付いていないのか否か、彼女の痙攣に家康は気を払いもしない。


「ワシと!結婚すればいいのだ!」


そう大言を吐いた家康は、こいつぁ名案だーとばかりに、うふふあははと笑いながらの手をとってくるくると回るように踊った。 ほとんど凶悪なジャイアントスイングであった。は遠心力に身体をなびかせながら、そうだ、ザビー教に入信しようと固く決意したのだが、それはまた別の話である。









ロマンティック・カーニバル


(10.09.15)(リハビリ。甘ほのぼの目指して残念なギャグになった)