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がこんな、しずんでくらい目をしているときは、たいていむずかしいことに頭がおいつかなくなっているときだ。
そっぽ向きながら袖を引いてくるときは、そばにいてほしいと思っているときだ。
なんでかを相手にしていると、俺は頭はわるいくせにそういう細かいところばかりに気がつく、気がつきながら、知らないふりをしてみることもある。
そうしてひとりぼっちになっているを見ると、うれしいのかかなしいのか、わらいたいような、なきたいような、うんよくわからんが、そんな、いろんな感情がいりまじって吐きだしたくなるような思いもする。
だからやっぱり俺は、ぼんやりと道ばたに咲く野草をながめたりだとか、川の流れを目で追ったりだとかしながら、ひざをかかえるのとなりにいるのだ。わけがわからない。
ほんとうだったら、俺はこんなたいくつな時間など過ごしたくなくて、軍師殿の言い方を借りてみるなら、そう、時間をゆいいぎにつかいたい。ゆいいぎに。
俺のひきいる騎馬隊は、訓練すればもっと強くなるはずだ。もしかすると武力上がっちゃったりして。勇猛ついちゃったりして。そんな妄想をぽわぽわ思い浮かべるていどには、たいくつだった。
草を根こそぎちぎりながら、花子を見やると、黒く長い髪がさらさらとゆれて、頭頂部が太陽の光でわっかみたいにひかっている。立てたひざに隠れて、その表情はうかがえない。
「楽しいのか」
「…なにが」
「そうやってうずくまってるの、楽しいのか」
俺の問いかけに、は肩をすくめた。呆れているようだ。俺はしょうしょうむっとしたけども、ここで獲物をふりまわすほど頭は悪くないので、足元の小石を蹴るにとどめておいた。
石は軽やかに飛んで、何度か水の表面をはねていき、それきり沈んだ。俺はまた足元をさぐって、小石を蹴飛ばす。はねる、しずむ。
どうにか向こう岸までたどり着けてやりたいなあ、と歯がゆい思いでじっと睨みつけていたら、がばかじゃないの、魏延はほんと子どもっぽいのね、とあざわらうように呟いた。
ようやっと上げた顔には歪な形がはり付いていて、衝動的にその皮を剥いでやりたくなる。俺はのこういった、投げやりな言い方が嫌いだ。
死ぬことなどこわくないと嘯くところも、わざと表情をとりつくろうところも、素直でいられないところもぜんぶ、嫌いだ。
無駄に知力が高いところも嫌いだ。嫉妬なんかじゃなく、に知力なんていらない。あと、武力もそんなにいらない。武力は少しくらいなら、あってもいい。でも俺がお前をまもるのに、なんでお前が戦う必要がある?考える必要がある?
いったいだれなんだ、に知力をつけた奴は?叩き切ってやりたい。お前がよけいなことをしてくれたせいで、が苦しむことになったのだと、ののしってやりたい。
知力とやらは、いつも無駄なことばかりを追い求めて、肝心なものを見落としていくのだ。人の生死に、世界の動向に、何故それほどまで執着するのか。
そりゃ、俺もたまにそういったことを真面目に考えてもみるけど、すぐ飽きる。飽きるし、あきらめる。答えなんて、出るはずないからだ。
だというのに文官共は考え尽くせば答えが出ぬ問いなどないと思いこんでいやがるから、また俺はいらいらして剣をふりまわしたりして、軍師殿から疎まれたり、劉備さまからお叱りを受けてしまうのだ。
そんなことを考える暇があるなら、戦略の一つでも生み出せといってやりたい。どうしても考えたいというなら、隠居して清談でもすればいい。
へたな理論を振りかざしたところで、それらはしょせん奴らの自己満足の塊であるし、奴らは俺の心の一部分ですら動かせないだろう。
それすらも理解できないのだから、文官なんてほんとはただのあほ集団なんじゃないかって思ってしまう。もちろん、軍師殿はべつとして。
あの人は俺のことを嫌ってるけど、俺はそこまで嫌いじゃない。だって俺が暴れまわる場所をきちんと確保してくれるし、俺には負の感情を露骨に出してくるのが案外子供っぽいというか、ちょっと親しみがもてるから。
「何笑ってんの、魏延。何が可笑しいの」
「あぁ?」
知らん間に自分の中で考えていたことに対して、笑ってしまっていたらしい。の目がぎゅうとつりあがり、口が真一文字にむすばれた。あーあ、これはまためんどうな。
「お前のこと笑ったんじゃないって。そうかっかすんなよ」
「うるさいどっか行ってよばか」
「お前いつも考えすぎなんだって、もっと頭からっぽにさ、すればいいじゃん」
「何言ってんの?」
なんでかよくわからんが、はとうとう本格的に怒ってしまったらしい。眉間にしわをよせて、じっと睨みつけてくるので、そのあまりの形相に俺はすこしひるんでしまった。
この魏延様ともあろう者が、だ。こわい。またやってしまったなあ、俺はのことはなんでもわかるのに、の逆鱗だけはどうにも解せない。
こっちが善意で言ってることを、この女はすべてひねくれて受け取ってしまうから、よけい話がこじれてしまうんだろう。
だってどれだけやさしい言葉かけてやったってつまらない顔しているから、そうすると俺だって面白くなくなってしまうんだって、は気付いていないのか。
「なあ、お前俺のこと嫌いなの?」
「はっ……な、なに言ってんの」
ぽつんと投げかけた質問を、意外にもは素直に受け止めた。
あたふたと視線をさまよわせながら、そんなこと、ない、と言って真っ赤になる。それを見ていた俺もたぶんちょっと赤くなったんだと思う。ほっぺたがなんか、熱い。
いつもそうやって素直だったらいいのに、そうしたらお前顔はもともとかわいいんだから、もっとかわいくなると思う。
と、このようなことを言ってみたら、もうこれ以上ないってほどふっとうしたが口をぱくぱくした。瞳がうるんで、眉尻はさがりきっている。
「ぎっぎぎぎぎえん……」
こむずかしいこととか、ふくざつなこととか、俺にはさっぱりわからない。
文字は読めるが、文学を読み解こうとは思わない。死んだらたぶん、土に還るだけだ。外の世界がどうなっているかなんて知らない。一生知ることはない。
俺という存在と、蜀という国と、劉備さまという立派な君主と、あとは敵。それだけで俺の世界は構築されているから、それ以外のものなんて必要ない。
よわよわしく見上げてくるちいさな存在と目が合って、俺はそのほそいうでをつかんだ。
ぽすりとよりかかってきたは、長いまつげをふるわせすがりついてくる。うでをまわすと、それがあまりにほそくて、頭がぐらぐらと煮え立った。
まるでちがう存在みたいなの世界もきっと、俺の世界と同じような成分でできあがっているのだと思う。
だったら、何も考える必要はないんじゃないか。目の前にあるものすべてで、お前は満足しているんだろ。
限りなく人に似ている
(10.07.28)(初大戦夢にて初魏延。意味不明、魏延のキャラも不明。ゆういぎです)